2010/1/12

『繁盛論―“人が集まる”7つの流儀』

神谷利徳 著 アスキー・メディアワークス  780円(税込)


 店に入った瞬間に感じる“何となくいいな”と思う感覚。そこにはスムーズな動線、テーブルの高さ、椅子の座り心地など店舗デザイナーの技が隠されている。
 「ただ格好良い店を作ること。それが店舗デザイナーの仕事ではない!手がけた店が繁盛して、初めて仕事の完成となるのだ」と語る本書の著者は、1987年に名古屋に本拠地を構え、これまでに1000店舗以上を手掛けた神谷デザイン事務所の代表取締役、神谷利徳氏。27歳の時に店舗デザイナーとして独立した神谷氏のポリシーは、「お客さんが『また来たいな』と思う店を作ること」。居心地の良いカウンター席を作るためにハイバックチェアを自らデザインしたり、トイレの照明に工夫を凝らしたり、酒瓶の並ぶ棚の裏側まできれいに和紙を張ったりする。
 実際の神谷デザイン事務所の仕事の進め方を、東京・港区の麻布十番にある鵜野秀樹氏がオーナーシェフを務めるイタリア料理店「イル マンジャーレ」の開業までの3カ月間を例に、クライアントとの折衝、店舗をつくる外部スタッフとのコミュニケーションについて綴られている。当初はこれまで経験した店同様に高級路線で行こうと思っていた鵜野氏だが、神谷氏とプレゼンを重ねるうちに、ターゲットは、良いものを知っている「オヤジ」というキーワードが引き出される。そこから店内の内装や椅子の素材は籐製にして・・・といった細部が決まっていく。シェフ自身も気づかない個性がプレゼンによって引き出され、店舗デザインに落とし込まれる手腕は鮮やかだ。
 この本は、これから独立したいと考えている人に、店づくりの流れを教えてくれるだけでなく、1つ1つの仕事に対して、ひたむきに力を注ぐことで、多くの協力者が得られ、大きな花を咲かせることにつながると教えてくれる。神谷氏は「思いやりの精神が『繁盛』を生む」と書いているが、それは、どんな仕事にでも通じることだろう。
 あとがきの言葉が胸に突き刺さる。神谷氏が人生の師と仰ぐ左官職人、岡田明廣氏の言葉だ。「桜は生きるためにありったけの生命を振り絞って咲いている。それが伝わるから僕らは感動するんじゃないかな。神谷君はどっちかな。見せるために咲くのか、生きるために咲くのか」。

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