2019/8/9

フランス初の相棒と2人旅

ムッシュー酒井の ど~もど~も No.57

若かったころは、休みのたびにパリから車でヨーロッパ各地や東欧(昔の共産圏)、ギリシャ、北欧、スペイン、ポルトガル、モロッコと気軽に出かけたもので、トラブルにも巻き込まれず旅行を満喫できたし、日本に帰って来てからも幾度となく青春を過ごしたフランスに出かけ、運よく事故も起こさず毎回3000キロあまりの旅をしてきた。たった一度のトラブルは2年半ほど前、フランスの田舎町で集中豪雨のなか、いくらエンジンをかけても車が動かなくなってしまってレッカー車をよんだことと、トラブルではないが3年ほど前、運悪く遭遇してしまったガソリンスタンドのストライキくらい。目的地を定めず気ままにハンドルをにぎっての旅なので、道に迷うこともない。

1年半ぶりのフランス旅行だが、いつもと事情が違う。毎週土曜日に行われる反マクロン政権のジレ・ジョンヌ(黄色いベスト)を着用したデモが、年を越してもおさまらないことだけが心配(前号で紹介したが、今回パリに行ったときにはシャンゼリゼの商店のガラスが叩き割られていた。デモは一時下火になったが、今年の3月16日には暴動に発展、有名なキャフェ・フーケッツが焼き打ちされ多くの店や車も炎上)。ちょっとやりすぎのこのデモは土曜日にしか行われないので、土曜日は大都市には近づかないようにと要注意。

パリ早朝6時に到着、予約しておいたレンタカーを借り、すぐにパリから遠ざかることにした。いつもと違って同行者が1名。お世話をしている河口湖のホテルの副料理長で、フランスは初めての好奇心旺盛な若手料理人。ホテルの社長の将来の料理長にぜひフランスを見させたいとの熱意と、後期高齢者となり1人で3~4000キロを運転するより助手がいた方が助かるかと、私の気弱さの表れも。

いつもの旅ではシャルル・ド・ゴール空港を出ると行き先はハンドル任せで、田舎道を走ったり、遠くにシャトーが見えれば寄り道をしたりだが、フランス初の相棒がいるのでとりあえず行きたい場所を尋ねると、シャンパーニュ、ストラスブルグとの希望が出る。出発前に行き先を決めるのが普通だが、現地到着後に考えるのが私の悪い習慣。かなり北に向かうし距離も離れているが、16日間あるので時間は十分と判断。冬のフランスは朝8時半くらいにならないと日は昇らないし、夜が明けてもどんよりした曇り空が続くが、そんななかシャンパーニュに向かう。

フランスは日本と逆の右側通行だが、逆なのはこれだけではない。ウインカーとワイパーも左右逆だから、初日はよく間違えてしまう。日本では左折、右折をしようと無意識に操作しているので、つい右側のレバーをウインカーと勘違いしてワイパーを動かしてしまう。左折、右折するたびに雨も降っていないのにワイパーが動くことになる。最初のうちは「あっ間違った」ですむが、あまり度々だと格好がつかない。横に相棒が座っているので何度もやってしまうといつまでも間違っていると思われそうで「間違ってはいないぞ、フロントガラスが曇っているんだ」と言わんばかり、ワッシャーの水を出してワイパーを動かす操作ミス正当化のアピールをするが、繰り返すと何か不自然。2日もするとじきに慣れてしまうが、運転を代わった相棒も当初は同じ間違い。雨も降っていないのにワイパーを動かし、そのたびに2人で大笑い。

ランスはシャンパーニュを代表する街で、カテドラル、シャンパーニュ博物館、藤田嗣治の記念館、シャンパーニュ街道、シャンパーニュ醸造場など見るべきところが多いし美食の街でもあるので行きたいレストランがたくさんあるが、ようやく朝が明けた(曇っていて太陽は出ないが明るくなった)9時すぎには街に着いてしまった。とりあえずカテドラルの前のキャフェで少し遅い朝食をとることにした。

田舎のキャフェはどこもそうだが、朝から土地っ子の溜まり場。ここでも4~5人のグループが朝から一杯やりながらたわいのない話か、情報交換か、楽しそうに騒いでいる。初めての休憩は、たっぷりのクレーム(キャフェ・オレ)とカゴに盛られてくるクロワッサン、オペラなどのパンの山。さてどこに行こうか、食事が希望ならランチだと約3時間は時間をつぶさなければならないし、ディナーだと約10時間。もちろん星つきのレストランなら予約を入れなければならない。そうこうするうちに、近所の商店が少しずつ店を開け始める気配がしてきた。とりあえずのぞいてみようということになり、向かいの土産物屋へ。シャンパン、さまざまな道具、観光客向け、プロ向けの商品までずらりと並び、シャンパンのボトルを見るだけでも楽しい。ここでボトルを買ってしまうと半月の旅行期間中持って移動しなければならないので、私は買い物はパス。相棒は初めて見るシャンパーニュ関連の商品に興奮し、シャンパンサーベル(60センチくらい)やさまざまな小物、絵葉書を購入。車に運び込むと、シャンパーニュの葡萄畑が見てみたいと言うので郊外に出ることにした。

シャンパーニュ街道の標識に沿って車を走らせれば、小高い丘の葡萄畑が延々と続く。幸い観光客も少なく、シャンパーニュの空気を満喫できる。ベルギーが近いためか、走っているうちになぜかブリュッセルの話題に。ここから4時間もあれば行けるよと言うと、興味の矛先はブリュッセルへ。ムール貝、ベルギービール、チョコレートと食べものの話題に集中。いい加減というか気ままな旅で、行き先をその場で決める「ぶらり旅」の良さ。車は自然とベルギーへ向かう。道路標識は完璧、同じEU内なので国境はなく、いつベルギーに入ったのかまったく分からない。しかしブリュッセルのまちが見え始めると少しずつ道路事情が変わって苦労が始まる。(続く)
 

酒井 一之
酒井 一之

さかい・かずゆき
法政大学在学中に「パレスホテル」入社。1966年渡欧。パリの「ホテル・ムーリス」などを経て、ヨーロッパ最大級の「ホテル・メリディアン・パリ」在勤中には、外国人として異例の副料理長にまで昇りつめ、フランスで勇名を馳せた。80年に帰国後は、渋谷のレストラン「ヴァンセーヌ」から99年には「ビストロ・パラザ」を開店。日本のフランス料理を牽引して大きく飛躍させた。著書多数。


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